あらすじ
実家から徒歩六分、職場からも徒歩六分。地図の上に綺麗に引かれた一本の線の上に、三十歳の吉田は初めて自分だけの部屋を借りた。
しかし、一人暮らしを始めて彼の頭を占領したのは、自立の充足感ではなく、部屋の至る所に散らばる自らの「髪の毛」だった。
実家にいた頃は目に入らなかった自分の汚れや脱落。母親が黙って拾い集めてくれていた日々の影に気づくと同時に、吉田は誰もいない部屋で自分という人間が擦り減っていくような心もとなさに襲われる。
「自分は何をやっているのだろう」——。
格好悪くて、遅れていて、答えの出ない夜。ぬるい水道水を飲みながら、吉田が静かに見つめる「一人暮らし」という不格好な線のゆくえ。