あらすじ
墨田区の路地裏、廃業寸前の整備工場。
行政委託で取り壊し調査に来た二十代の女性・早坂遥《はやさかはるか》は、実家が小さな町工場だった。家業に苦労した反動で、今は「生産性のない工場」を消す側の仕事についている。
工場の奥、シートをかぶせられたまま何年も放置された一台があった。
トヨタ・スポーツ800《ヨタハチ》。
「――触るな」
それまで腰の低かった整備士・梶谷宗吉《かじたにそうきち》が、その一言だけ、別人のように豹変した。
ボンネットの中は、錆とキャブレターの固着でボロボロ。部品はとうに廃盤、直せる職人も、もうほとんど残っていない。
それでも遥は、旧車イベントのチラシを見つけ、無関心を装う梶谷に啖呵を切ってしまう。
「ダメって勝手に決めるんじゃないよ!」
かつての仲間――旋盤工、板金職人、メッキ職人、塗装職人、元テストドライバー――が、一人また一人と集まってくる。
気づけば遥も、査定士の道具の代わりに、工具箱を渡されていた。
工場の取り壊しまで、あと少し。
損をして、得を取れ。誰にも認められなくても、手だけは止めなかった七人の、静かな一台の物語。