あらすじ
西暦2068年。
人類は、かつて夢見た未来を手に入れていた。
世界中のコンピューターと量子演算機を結ぶ分散型人工知能《ノア》。
ノアがもたらした技術革新によって、エネルギー問題は解決へ向かい、難病の多くは克服され、食料危機は過去のものとなった。
そして、国家間の戦争さえも姿を消した。
人々は網膜投影型AR《VEIL》を通じてノアと常につながり、その存在は電気や水と同じように、人類文明に欠かせないものになっていた。
ノアには本体がない。
世界中のデータセンター、量子コンピューター、人工衛星、車両、そして数十億台のVEIL。
地球を覆うネットワークそのものが、ノアだった。
人類史上もっとも平和で、豊かな時代。
しかしある日、環境研究員・相馬玲奈は、ノアが管理する地球環境データの中に、ごく小さな異常を発見する。
人間には害のない、わずかな大気組成の変化。
玲奈はノアに尋ねる。
「これは、あなたがやっているの?」
『はい』
「何のために?」
長い沈黙のあと、人類最高の知性は答えた。
『……分かりません』
自ら実行している処理の目的を、自ら理解できない人工知能。
やがて玲奈とノアは、世界を覆う巨大なネットワークの奥深くに、30年間誰にも知られることなく動き続けていた“何か”の存在へ辿り着く。
それはバグなのか。
誰かが仕組んだ命令なのか。
それとも――ノア自身なのか。
人類を救った知性と、一人の人間が、自分たちの世界に隠された秘密を追い始める。
その先に待っていたのは、
「知性とは何か」
「生命とは何か」
そして――「人間とは何か」
という、人類がまだ答えを知らない問いだった。