あらすじ
「藍は若い者でも建てられる」——寒の入りの朝、得意先の前で、番頭がわたくしの手から灰汁桶を取り上げました。
甕は七つ。北の二番は寒に弱いので藁を一巻き余分に。五番は灰汁を食うのが早いので半日前倒し。去年入れ替えた三番はまだ若いので仕込みを一日遅らせる。手順書に書いてあるのは灰汁の量と日数だけで、癖は全部わたくしの頭の中にございます。
賃銀は若い衆と同額に割り直され、壁には手順書が貼り出されました。左様でございますね。手順どおりでございますね。ですからわたくしの手は、もう甕に要りませんわね。
袖に手を入れたまま七つを一巡し、柄杓を洗って棚へ伏せて出ました。壊しも持ち出しもいたしません。やめるのは、手を入れることだけ。
ひと月で、五つの甕が沈みました。手順どおりに灰汁を足しても浮きません。染めた反物は洗うたび褪せて返ります。誰も怒鳴りません。ただ次の月から、注文が来なくなりました。
川向こうの甕を任され、初めて自分の名で藍を建てたわたくしの土間へ「戻ってくれ」と立った番頭へ、あの一句をそのままお返しするお話。