あらすじ
私立英成高校。
この高校に、ひときわ目立つ少女がいた。
黒崎美玲。
全国有数の大財閥・黒崎家の一人娘。
成績優秀、容姿端麗、品行方正。
誰に対しても隙を見せず、いつも凛としている彼女は、周囲から「孤高のお嬢様」と呼ばれていた。
そんな美玲には、幼い頃から黒崎家に課せられた一つの掟がある。
――小・中・高の間、財閥の外にいる男性との恋愛は禁止。
もちろん、美玲自身もその掟を守ってきた。
恋愛なんて必要ない。
そう思っていた。
……あの日、桐谷陸と同じクラスになるまでは。
桐谷陸。
数学や理科のコンテストで数々の実績を持ち、スポーツまで万能な天才少年。
しかし、本人は自分の才能をひけらかすこともなく、困っている人間がいれば自然に手を差し伸べる、ごく普通の高校生だった。
最初、美玲は陸を「少し変わった人」くらいにしか思っていなかった。
ところが――。
「黒崎さん、無理してない?」
誰にも気づかれたことのなかった自分の小さな変化に、陸だけが気づいた。
「……どうして、あなたはそういうことに気づくのよ」
「同じクラスなんだから、それくらい分かるだろ」
たったそれだけの言葉だった。
けれど、美玲の心は大きく揺れた。
それからというもの、なぜか美玲は陸を意識するようになってしまう。
廊下で会えば自然と目で追ってしまう。
話しかけられれば平静を装えなくなる。
二人きりになると、普段の完璧なお嬢様とは思えないほど慌ててしまう。
「べ、別にあなたと一緒に帰りたいなんて言ってないから!」
「まだ何も聞いてないけど……」
「……っ!」
しかも、美玲の変化に気づいているのは陸だけではなかった。
幼馴染の朝比奈陽葵をはじめ、東野梓、佐々木凛、そして陸の幼馴染である神谷恒一まで、二人の微妙な距離感に気づき始める。
一方の陸は、まさか自分が財閥令嬢から好意を向けられているなどとは思ってもいない。
美玲もまた、自分の気持ちを認めることが怖かった。
なぜなら――彼女が惹かれた相手は、黒崎家の掟が最も近づいてはいけない存在だったから。
財閥の娘として生きるのか。
それとも、一人の高校生として自分の気持ちを選ぶのか。
完璧なお嬢様だった少女が、初めて自分自身の人生について悩み始める。
そして陸もまた、少しずつ気づいていく。
いつも孤高に見える黒崎美玲という少女が、本当は誰よりも不器用で、誰よりも寂しがり屋なのだということに。
これは――
恋を知らなかった財閥令嬢と、恋愛に鈍感すぎる天才少年が織りなす、青春ラブコメディ。
「……桐谷くん」
「ん?」
「あなたは……私が隣にいても、嫌じゃない?」
「なんで?」
「……なんでもないわ」
その日から二人の距離は、少しずつ変わり始めた。