あらすじ

夫が囁いた愛の言葉に、わたくしは覚えがあった。 三年前の秋に、わたくしが書いた一枚の、二行目である。 外交の下書きだと言われて書いた。 外交の文書に、愛の言葉は要らない。 嫁いで十年になる。 夫の書簡も、社交の挨拶も、贈り物の札も、下書きはわたくしが書いてきた。 署名するのは、あの方である。 「僕が考えたことを、君が整えただけだよ」 そう仰る声は、よく通る。 書いた者の名は、どこにも残らない。 それが決まりだと教わって、そのとおりにしてきた。 不満に思ったことは、たぶん一度もない。 ある夜会で、若い令嬢が仰った。 あの方のお手紙は、詩のようですの。 その先を、わたくしは暗唱できる。 宛名の欄だけが、いつも空いていた。 誰に宛てた文なのかを、わたくしは知らない。 今夜も机には紙が置いてある。 壺の栓を抜けば、いつもどおりの夜になる。 わたくしは、今夜も書くのだろうか。

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小説を読もう2026/08/10
  • 現在の作品あなたが仰った愛の言葉は、すべてわたくしが書いたものです