あらすじ
元禄元年(1688年)ことである。
前田賢秀(まえだかたひで)は、信濃国飯山藩飯山四万石、遠江守、松平忠倶(まつだいら ただとも)の家来で、若き郡奉行(こおりぶぎょう)である。
藩主が参勤交代で江戸詰の年、前田賢秀は、公事方吟味役の前田善右衛門(まえだぜんえもん)をはじめとする、城代家老一味の年貢横領を知った。事もあろうに、前田善右衛門は前田賢秀の母方の従伯父である。
前田賢秀は、流行病で他界した兄父母の死に城代家老一味が関わっているのではと不審に思いつつ、父母と兄の墓参と称して、菩提寺、曹洞宗常慶院の慶秀住職に、城内で起きた城代家老一味の年貢横領の一件を話す。
常慶院は、兄と父母が健全であった頃、次男である前田賢秀が曹洞宗の常慶院の後継者として、慶秀住職とともに諸国行脚して修行した寺であり、同地域には修験道の修行した小菅神社もあった。
慶秀住職は、藩主に直訴する前田賢秀の決意を知り、前田賢秀が江戸に上る手助けをする、その常慶院に、二人の行商が現れた。
前田賢秀は仕込み杖を抜こうとする行商達を一刀のもとに討つ。すでに行商達は常慶院の奉公人たちに刺客と見抜かれていた。行商達は城代家老一味が放った刺客らしかった。
前田賢秀は慶秀住職の助けにより雲水賢秀に扮して江戸へと上る。雲水賢秀と刺客の追いつ追われつの旅が始るのか・・・。
城代家老一味の江戸詰の藩主に直訴するため、若き郡奉行・前田賢秀は、如何に。