あらすじ
壁際が、私の定位置だった。
一曲目を婚約者と踊ったことは、五年で一度もない。
それでも私は、殿下の執務を陰で回し続けた。
名前の載らない仕事だと、知っていながら。
卒業夜会の夜、王太子は衆目の前で婚約破棄を告げた。
身に覚えのない断罪と、一緒に。
侯爵令嬢エルネスタは、泣かなかった。
「承知いたしました」
一礼して、胸元から契約書の写しを取り出す。
五年間、この日のために持ち歩いてきた一枚を。
第十二条、王家側の帰責による解消手続き。
精算は、即日始まった。
翌朝から、王宮の決裁が止まる。
署名の前を誰がやっていたのか、殿下はまだ知らない。
未開封のまま返される、手紙の束。
空欄がひとつだけ残された、精算のリスト。
彼女が契約書の外で取り戻したいものは、何なのか。