あらすじ
現代日本で天才薬学者と謳われた男は、あらゆる病を癒すはずの「万能薬」を完成させた。だがその薬は軍事転用され、世界を崩壊へと導いた。崩れ落ちる白い壁、泥のように融解していく無数の人影——今も脳裏に焼き付いて離れないその記憶が、彼が命を賭して完成させた「万能薬」の、最後の姿だった。
かつての記憶を抱えたまま、彼が今生きているのは、見知らぬ帝国エリュシオン。素性を隠し、辺境の村で「死に戻りの薬師」リアム・ヴォルテとして生きていた。死ねば、時間は半日前に巻き戻る。ただし代償として、脳裏に刻まれた調合知識をひとつ、確実に失いながら。
辺境の村ルマを蝕む「原因不明の熱病」。神殿は「悪霊の呪い」と呼び、貴族は法外な「禁忌薬」を独占配給するだけで、誰もその根を絶とうとしない。だがリアムだけは、目の前で不合理に停止していく命を、ただ見過ごすことができなかった。
治療を重ねるほどに深まる、村人たちとの脆い信頼。そして、水に、森に、静かに広がっていくもうひとつの異変——魔物と化した獣、正体不明の汚染源、そして帝国騎士団の影。すべての因果は、静かに、しかし確実に、帝都の闇へと繋がっていく。
知識は有限だ。救えば救うほど、私は私自身を失っていく。
それでも、目の前で消えていく命だけは、見捨てられない。
たった一滴が、滅びの帝国を救う。