あらすじ
眠りの底に、夜にしか開かない喫茶店がある。
どうしてそこに来たのか、客にはわからない。ただ、カウンターの向こうから、静かに問われる。
——何を、頼まれますか?
品書きは、要らない。頼んだ覚えのない一皿が、目の前に置かれる。ひと口食べれば、忘れていたはずのものが、匂いのほうから戻ってくる。
泣けなかった娘。誇りの行き場をなくした職人。言わないまま四十年を生きた女。
客が抱えていたものを下ろして帰るとき、マスターもまた、役目を終える。次のマスターになるのは——その夜の、最後の客。
そうやって、この店は受け継がれてきた。ずっと昔、誰かがこの店を建てた、その日から。
磨り減って読めない看板。七時前で止まったままの柱時計。品書きのいちばん古い頁に、たった一品だけ書かれた、旧い仮名。
——あいにく、粉が切れておりまして。
なぜこの店は、夜にしか開かないのか。
最後のマスターがその答えに辿り着いたとき、六十八年ぶりに、朝が来る。
お待ちしておりました、お客様。
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