あらすじ
三十歳の誕生日の夜、夫の久我怜司は、伊豆の海沿いにある別荘で盛大な誕生日パーティーを開いてくれた。
けれど、私が目を閉じて願い事をし、ろうそくを吹き消した瞬間、別荘中の明かりが一斉に落ちた。
再び照明がついたとき、さっきまで私にグラスを掲げて祝福していた招待客たちは、まるで化け物でも見るような目で私を見ていた。
「何なの、この女。久我さんと白石さんの婚約披露の席に勝手に入り込んでくるなんて」
リビングの大型モニターに流れていた文字も、「佐倉澪さん、お誕生日おめでとう」から、「久我怜司&白石莉奈 ご婚約おめでとうございます」に変わっていた。
私は混乱したまま怜司の袖をつかんだ。けれど、彼の母親だという千鶴子に頬を叩かれ、床に倒された。彼女は精神科病院の診断書のコピーを私の顔に投げつけ、私は妄想癖のあるストーカーだと、冷たい声で周囲に告げた。
親友の森下遥でさえ、電話の向こうで小さく笑った。
「澪、また具合が悪くなったの? 大学を出てからずっと独り身だったじゃない。夫なんて、どこにいるの?」
その瞬間、私はようやく理解した。
彼らが私を忘れたのではない。
この世界に信じ込ませようとしているのだ。
佐倉澪という人間は、最初から存在していなかったのだと。