あらすじ

恋心に値段をつけたのは、彼女ではない。 王宮で写本を作るネルは、三年間、名前で呼ばれたことがない。夜会では壁際の椅子が定位置だった。隣に座る人もいない。 ある春の末、近衛騎士が手を差し出す。花束が届き、手紙が届き、三曲続けて踊りに誘われた。特別だと囁かれた夜、心臓が一拍だけ重く打つ。 その求愛が、同僚との賭けだと知った。 ネルは泣かなかった。怒りもしなかった。受け取った贈り物を一点ずつ目録に記し、押し花の一枚まで番号を振って全件返送した。 添えた手紙は、一行だけだった。 騎士は弁明に訪れた。ネルは来客記録に所要五分と書き込み、写本に戻る。恋の話は一秒も始まらなかった。 三ヶ月の恋を事務処理で返された騎士は、そこから本気で恋に落ちていく。けれどもう、名前を呼んでも彼女の目は動かない。 返品された箱の底から、贈った覚えのない花が一枚出てくる。値のつかない野花を、彼女は三ヶ月間、押し花にしていた。 本物の感情を安く扱われた人間が、同じ相手にもう一度差し出すかどうか。その答えは、目録のどこにも書かれていない。

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小説を読もう2026/07/11
  • 現在の作品三ヶ月分の思い出ごと、何も無かったことにいたしましょう