あらすじ

神代家は不動産管理会社、商業ビル、高級マンション、いくつかの別邸を所有している。私は普段、メディアに顔を出すことがほとんどない。多くの人が知っているのは、私が神代不動産管理株式会社の代表取締役社長だということくらいで、神代家の本当の資産規模までは知られていなかった。

 海外投資ファンドの代表を迎えるため、私は神奈川県葉山町にある海辺の別邸を一棟、非公開のまま残していた。そこは賃貸にも売却にも出していない、特別な客人を迎えるためだけの家だった。内装工事が終わったあと、私は管理用の鍵を夫の蓮司に預け、定期的な換気と設備点検を頼んでいた。

 その日、私は急きょ、その別邸で大切な客を迎えることになった。玄関の扉を開けた瞬間、出迎えたのは管理担当者でも、家政婦でもなかった。シルクのガウンを羽織り、巻き髪の女が、コンビニで買った菓子を手にしたまま、まるで女主人のように玄関口にもたれていた。

 女は私を上から下まで眺めた。

「ねえ、そこの人。コンビニで生理用品を二つ買ってきて」

「あと、キッチンにある薬膳スープも持ってきて。こぼしたら、ただじゃおかないから」

 私は彼女の足元にある来客用スリッパを見て、それから背後のリビングへ視線を向けた。ソファには女物のショールがかけられ、ローテーブルには飲みかけのワイングラスが置かれている。玄関の棚には、蓮司がよく使っていたライターまで置かれていた。

 胸の奥に浮かんだ冷たさを、私は無理やり押し込めた。

「ここは私の家です」

「今日は大切なお客様をお迎えする予定があります。別邸の管理担当者を呼んでください」

 女の顔色が変わった。彼女は一歩前に出て、まるで私こそが勝手に入り込んだ部外者であるかのように、鋭い声を出した。

「あんたの家? 鏡を見てから言ったら?」

「こんなところに貧乏くさい女が来て、オーナーのふり?」

「よく見なさいよ。この家の女主人は私なの」

 庭で松の手入れをしていた庭師が、騒ぎを聞きつけて剪定ばさみを手に近づいてきた。彼は私を一瞥し、うんざりしたような目を向けた。どうやら、この女が別邸で人に命令する光景に、すっかり慣れているらしい。

「今回ばかりは、あなたのほうが悪いですよ」

「こちらの方は、黒瀬さんが一番大切にしている方です。管理会社の人間もみんな知っています。誰も失礼なことはしません」

 私は玄関に立ったまま、指先をゆっくり握りしめた。

 蓮司は、住み込みの家政婦を手配するという名目で、私の葉山の別邸に女を住まわせていた。

 それだけではない。

 彼はその女を、私の家で堂々と女主人の顔ができるほど、甘やかしていた。

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アルファポリス
アルファポリス2026/07/10
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