あらすじ
離縁された朝、侍女は一人もついてこなかった。
それを聞いた元夫は、笑ったという。
荷物は革鞄がひとつだけだった。
五年間、エーデルは伯爵家の嫁として屋敷を回してきた。
帳簿をつけ、取引先を一軒ずつ歩き、使用人の薬まで管理する。
誰にも頼まれず、誰にも気づかれないまま。
持参金の少ない子爵令嬢への評価は、地味で気が利くだけの嫁。
義母には息子にふさわしくないと言われ続けた。
夫は妻の仕事を、五年間で一度も見なかった。
離縁の朝、エーデルは使用人の仕事着を干してから馬車に乗る。
見送りはない。
この屋敷での最後の仕事が、他人の洗濯物だった。
残された屋敷で、小さな異変が重なり始める。
肉屋が掛売りを断り、帳簿は誰にも読めない。
招待状の返事すら、もう書けない。
やがて使用人たちが、一人ずつ辞めていく。
その辞めた順番には、ある法則がある。
覚書の片隅に残された小さな花の印と、同じ順番で。
港町で帳簿の仕事を得たエーデルは、初めての月給を手にする。
五年間、自分のために一銭も使わなかった女が最初に買ったのは、銅貨数枚の木の櫛だった。
侍女がついてこなかった本当の理由を、あの人はまだ知らない。