あらすじ
民俗学准教授・今藤由紀(いまふじ よしき)は、白粉の下に血管が透けるほど生々しい少女が、瞬きの間に冷たい雛人形へと変貌する奇妙な夢に苛まれていた。
時を同じくして、助手の古屋恵から、かつて雛人形職人として名を馳せながらも「ある村」を追放された祖父の死を知らされる。祖父の手記に遺された、人形に魂を宿らせる秘儀「降魂(こうこん)の儀」、そして魅了された職人が「美しすぎる」と恍惚の表情で語る「雛守(ひなもり)村」。
由紀は導かれるように、地図から消されたその禁忌の地へと足を踏み入れる。
村の手前にある人形造りの町・呉織(ごしき)町で、由紀は大学時代の先輩であり、現在は町の診療所に勤める医師・桃木茉莉(ももき まり)と再会する。村の名を出した途端に住民が雨戸を閉ざし、言葉を失う異常な拒絶反応に直面する中、茉莉は「記録媒体をすべて預けること」「村の敷地には許可なく入らないこと」を条件に、由紀を村の境界にある実家へと招く。
如月でありながら爛熟した桃の花が咲き乱れる異様な光景の中、由紀は村を統治する家系の青年・観世雅(かんぜ みやび)と出会う。大蛇を思わせる冷徹な美貌を持つ雅は、余所者である由紀を嘲笑いながらも、なぜか彼を村の深淵へと誘う。
そこで由紀が目撃したのは、巨大な屋敷の三階で、呼吸さえ止めて「生きた雛人形」として鎮座する、村の長・内裏(だいり)と少女の姿だった。人間を部品として扱うような歪な「秩序」に戦慄する由紀。だが、その夜、静寂を切り裂く重い水音が響く。
由紀が池の中で発見したのは、水面に浮かぶ内裏の変わり果てた姿だった。助けようと触れたその肌には人肌の弾力はなく、まるで塗り固められた胡粉(ごふん)か、冷徹な磁器のような硬い質感を湛えていた。さらに、その死顔の奥には、古い陶器のように細かな「ひび割れ」が走っていた――。