あらすじ
「嘘でしょ……!?」
渾身の聖魔法がたやすく弾かれ、セシルは目を見開いた。
聖職者でも使える者が少ない上級魔法、これが効かないなんて。
悪魔の周囲には、黒い瘴気が逆巻さかまいている。どんな攻撃も呑み込む闇の障壁が。
一歩踏み出した足元で、新緑の草花がじわりと枯れた。
存在だけで周囲に影響を与える魔物なんて、レベルが違い過ぎる。
――この悪魔、最上位クラスだわ!
「この程度ですか? 神聖教会もたいしたことはありませんね」
悪魔の口元に微かな笑みが浮かび、黒い手袋をはめた手が軽く上がる。
次の瞬間、周囲を取り巻いていた瘴気が烈風と化して、少女に襲いかかった。
とっさに防御できたのは、奇跡に近い。
それでも詠唱破棄したシールドでは防ぎきれず、華奢な身体は衝撃波に吹き飛ばされた。
修道服が見えない刃に切り裂かれ、薄く切れた頬から血がにじむ。
……まずいわね。
血を拭いながら身を起こし、セシルは改めて目の前の悪魔を睨みつけた。
人型の魔物は一見、人間と見分けがつかないが、ひとつだけ大きな特徴がある。
「神より美しくなければ、人は悪魔に誘惑されない」
聖職者たちが苦々しく口にする言葉の通り、高位の魔物は殊更に美しいのだ。
そしてセシルは、初めて出会ったはずのこの悪魔に見覚えがあった。
新月の夜を思わせる漆黒の髪、金色と黒曜のオッドアイ。
人間離れした怜悧な美貌を持ち、いにしえの闇魔法を自在に操る魔族の王――「メフィスト」。
(間違いない。ここは生前にプレイした乙女ゲーム【クリスタル・ティアラ】の世界だわ。というか、何でラスボスがこんなところにいるのよ――!?)