あらすじ
引っ越してひと月の部屋で、換気扇の音が消えた。羽根は回っている。風もある。音だけが、しない。
翌日は冷蔵庫。その次は、時計の秒針。耳鼻科の検査は異常なし。試しにスマホで録音してみると――録音には、ちゃんと音が入っていた。鳴っていないのは、機械のほうではないらしい。
友人は言う。「気にしすぎだよ」。誰も気にしていない。気にしているのは、私だけ。そのあいだにも、音は、一つずつ消えていく。上の階の足音。電話の向こうの声。蝉の声。揺れているのに、鳴らない風鈴。
そして、ある朝。自分の足音が、しなかった。
夏の音で満ちた世界から、静かに抜き取られていくものの話。