あらすじ
幼い頃から殿下の婚約者だった私は、物心つく前から妃教育と公務に悩まされ続けてきた。
そんな私にとっての唯一の癒しは、婚約者との親睦を深める束の間のお茶会だった。政略であれども彼を好きになっていた。
けれど三年前、突然聖女が現れ、殿下は瞬く間に夢中になった。正直、最初は仕方ないと思っていた。一時の憧れだと。実際、私も少し憧れみたいなものを持っていた。
だが、殿下はいつしか私との約束を忘れるようになった。
悲しかった。いつしか、誰も私の言葉を聞かなくなった。でもいちばん悲しかったのは、そんな私を省みる者が居なくなっていたことだろう。
夜会を早退したその日の夜、私は屋敷の書庫で古い本を読んでいた。そこに記されていたのは魔の森の魔女についての書物であった。
彼女は、あらゆる薬を作る女とされていた。
「恋心を消す薬です」
気がつけば、私はそっとポーチの中にある小瓶を握りしめ、深呼吸をしていた。
これを飲めば楽になる。それは頭ではわかっている。だが同時に、これを飲んでしまえば、私がフラウス殿下を愛した日々も終焉を迎えることとなる。そうしたら私は、これから一体何のために生きるのだろうか。
でもこのような生活を続けていたら、潰れてしまうのは私だ。であれば、私の身の内を静かに焼き尽くすこの想いは、無い方がいい。
だからあとは、このカップの紅茶を飲み干すだけ。
これを飲むだけで、私の中にある身を焼く炎は、一瞬で焼失する。
……そう、思ってた時だった。
「ひと口ちょうだい!」
「はい? えっ、ちょっ、まっ──」
聖女が身をズイっと乗り出し、私が今まさに手にしようとしていたカップを風の如く掻っ攫っていく。
「わぁっ、美味しい! フラウス様もひと口飲んで」
満面の笑みでそうて、私のカップを彼女は殿下に差し出す。
「ああ、頂こう」
「いや、まっ──」
咄嗟のことだったので反応できなかったとは言え、曲がりなりにも、私はこうして殿下に、得体の知れない薬を盛ってしまったのだ。