あらすじ
冬の満州は、息をするだけで肺が痛くなるほど寒かった。
水上清子は、両親が営む小さな食堂の手伝いをしていた。開拓民たちが毎日のように訪れ、「今日もありがとう」と笑顔で帰っていく。決して裕福ではなかったが、家族で囲む食卓には笑い声があった。
しかし、その日々は長く続かなかった。
戦争が激しくなるにつれ、食堂を訪れる人は減り、街には銃声が響くようになる。
そしてある日――。
両親は混乱の中で命を落とした。
まだ幼かった清子だけが、中国の地に取り残された。
「今日から、お前は中国人として生きるんだ。」
そう教えられ、日本人であることを口にすることさえ許されない人生が始まった。
本当の名前も、故郷も、家族も。
成長した清子は、中国で郵便局に勤める王邑黄と出会う。
彼は豪快で働き者だったが、酒を飲むと人が変わる男だった。
それでも、互いに支え合い結婚し、新しい家族を築いていく。
しかし生活は貧しかった。
病院へ行く金などない。
子どもたちは全員、薄暗い納屋で産声をあげた。
医者も助産師もいない。
清子は一人で歯を食いしばり、自分の力だけで四人の子どもを産み落とした。
「この子だけは、生きて。」
ただ、その願いだけだった。