あらすじ
小さな川沿いの町・潮見(しおみ)。かつて藍染めの名工房として知られた「東雲(しののめ)工房」は、当主だった祖母を亡くしてから一年、シャッターを下ろしたままだ。
孫娘の白瀬心葉(しらせ このは)は、かつて祖母の仕事を眺めるのが好きだった少女だ。けれど、本当の意味で「継ぐ」ことをしないまま祖母を失った今、工房に近づくことすらできずにいる。閉じたシャッターの前を、毎朝目を逸らして通り過ぎる――それが、心葉なりの祖母への弔い方だった。
そこへ現れたのが、この夏に転校を控えた少女・月宮藍(つきみや あい)。幼い頃に出会った一枚の藍染めの端切れが忘れられず、その色が生まれる場所を探して、この町にやってきた。遠慮も距離感も知らない藍の存在は、心葉が一年かけて守ってきた「見ないふり」に、まっすぐひびを入れていく。
一度は拒んだ心葉だったが、夜の工房で藍と再会したことをきっかけに、祖母が最後に手がけたまま、色をつけ終えることなく置き去りにされていた一反の布と向き合うことになる。
物語全体の「空気感」は、湿度の高い夏の午後、蝉の声、藍甕(あいがめ)の発酵臭、そして風――静かで、少しだけ切なくて、けれど確かにあたたかい。色は一瞬では生まれない。何度も浸し、何度も風にさらして、ようやく「その色」にたどり着く。その工程そのものが、二人の少女の距離が縮まっていく過程と、心葉自身が止めていた時間を動かしていく物語と、静かに重なっていく。