あらすじ
――音楽をやめた高校生と、音を失った少女の話。
かつて全国コンクールで銀賞に輝いた新進気鋭のピアニスト、神代 湊(かみしろ みなと/17) は、ある事故をきっかけに音が怖くなり、鍵盤に触れられなくなった。プロの道を断たれ、地方の県立高校に転校してきた彼は、放課後の音楽準備室で息を潜めるように過ごしている。
そんな彼が出会ったのは、同学年の遠野 澪(とおの みお/17)。中学生の頃に病気で聴力を失った彼女は、絵を描くことで「音」を表現する美術部員だった。彼女のスケッチブックには、彼が最後に弾いたはずのショパンの旋律が――渦を巻く群青色の風景として描かれていた。
「あなたのピアノ、視えたの。」
聴こえない彼女と、鳴らせない彼。二人は、放課後の音楽準備室で音を視るための秘密のセッションを始める。梅雨の湿度、夏服の白、指先の震え、雨粒がガラスを叩く不規則な律動――世界のすべてが、彼らにとっての楽譜になっていく。
これは、失われたものを数えるのをやめて、まだ在るものを鳴らし直す、そんなひと夏の物語。