あらすじ
東京の看板撤去会社「三路撤工」で働く芦倉祈乃は、閉店した店の看板を取り外す現場に立ちながら、自分の中に残る過去を無視していた。
作業パートナーの木皿央路は、祈乃の強がりに気づきながらも踏み込まず、声と手つきだけで距離を測る。朝の光、夜の匂い、剥がされた文字の跡が積もるにつれ、仕事上の距離感だと思っていた感情が形を変えていく。
雨上がりの路地、高架下の煤けた壁、高所の風、そして、残すと決めた写真館の看板。祈乃は、名前を外すたびに央路の名を胸に濃く残してしまう。
別現場へ移る予感が近づくころ、まだ何も始まっていない関係には失う前の痛みだけが先に灯る。逃げ場を残したまま央路の近くにいたいと祈乃は願い、央路もまたその言葉を雑に扱わない。
最後の夜、街から大きな看板の光が消えた後、祈乃と央路は、まだ恋人という名には届かない関係に最初の小さな呼び方を置く。剥がされた名前の跡に、消えない微光だけが、静かな夜の奥に、残る。