あらすじ
十、九――。コートの上で、くるみはいつも数えていた。味方がどこにいて、相手のどの足が、もう重いか。残り十秒、自分で決めたシュートは外れた。翌年の春、膝の奥で何かが弾けた。ぶちん、と乾いた音がした。痛みより先に、確信のほうが届いた。走る場所は、もう、なかった。
それでもくるみの手には、数字が残った。統計を学び、東京でプロ野球のデータアナリストになった。仕事は、勝ち方を見えるようにすることだったはずだ。けれど手元の資料は、いつしか誰かを外すための資料になっていた。数字は人を生かすことも、裁くこともできる。それを、くるみは知ってしまった。
辿り着いたのは、埼玉の山あいの小さな酒蔵。杜氏の勘は、くるみのどんなモデルよりも醪を深く読んでいた。壊れているわけじゃない。まだ、ちゃんと聞いてもらえていないだけ。数字にならない音、指標に載らない気配――それを聞くための数字が、あるかもしれない。でも、この蔵はあと何年焚けるのか。
数える手が、誰かを生かす数字に変わるまでの物語。前作『受け継ぐ手、つなぐ朝――はんだの匂いのする家』のスピンオフです。前作未読でも読めます。