あらすじ
起床時間をたった今過ぎてその警告を受けた瞬間から私はスマホを握りしめている。
あらゆるメディアを貪るために起床時間の設定は早く、スクロールして誰かの誹謗中傷を受け取る。さらにスクロールして誰かの欲望を受け取る。時々それは愛や悲しみに変わっている。
私が寝ている間に起こった出来事と、私が起きている間に起こっていた出来事を把握する。
アプリの通知をスライドで消す。スクロールしているうちに広告を踏んでしまって、なかなか戻れないまま興味のない商品を紹介される時間。とか、縦型動画をスクロールしている途中で全然知らない老人のライブに参加。とか。
飽きた気分ではないのに遅れるからスマホを持ったまま起き上がってミックスリストを再生する。野太い声で社会風刺的なことを歌うロックンローラーが私の音楽の中で覇権を取ってから数年が経過していた。
ミックスリストは気まぐれで、全然気分じゃないのにボーカロイドの声を再生する。好きだったことは把握されている。スマホは半径2メートル以内にあるけど、わざわざ止めに行かない。私は支度で忙しいから。
いつの間にか届いていたアプリの通知を一瞬で把握してスライドで消す。別のボーカロイドの曲にちょうど切り替わって、曲名を思い出してからまた支度に戻る。もう行く時間なのに、ハンカチを忘れたり鍵を忘れたりしてその場で何回か回転する工程が遅れない程度に時間を圧迫する。その間、ボーカロイドは延命のように歌い続ける。あなたに会うことはできない。でももう行かないと。
私はあなたの声をスライドで消し、そのまま使いすぎてちょっと熱くなったスマホを握って玄関へ向かった。手の中で少しずつ冷めていくのがわかった。私はずっとスマホを握りしめている。好きでもないのに、それがすべてだから。
第2回カクヨム短歌賞応募作品。