あらすじ
神代の昔、国譲りの夜に、ひとつの黒い鏡が秘かに封じられた。
それは、三種の神器に数えられることのない、もうひとつの鏡だった。名を「黒鏡」という。そこに映るのは、ただ人の姿ではない。王権が生まれる瞬間、血統が物語へ変わる瞬間、敗者の名が記録から削られる瞬間、そして後の世の人々が「正統」と呼ぶものの奥に潜む、かすかな歪みだった。
語り部は、竹内宿禰。
神話と歴史の境目に立ち、いくつもの御代を越えて語られてきたその人物は、本作では、長すぎる時を生きた証人として黒鏡の前に座る。彼は、国譲り神話の影、神武東征の記憶、倭の王権の形成、推古天皇の宮、藤原仲麻呂の野心、平氏の栄華と壇ノ浦、神器の消失、後鳥羽院の怒り、承久の敗者たち、南北朝の分裂、そして織田信長が見つめた「王権の空白」へと、時の底に沈んだ物語を語り出す。
しかし黒鏡は、過去だけを映すものではなかった。
現代。AIによる資料解析、失われた文書の復元、系図データベース、世論操作、疑似学術、そして制度設計の言葉が交錯するなか、ある研究機関で「架空皇位計画」と呼ばれる極秘プロジェクトの痕跡が見つかる。それは、歴史を研究する計画なのか。それとも、歴史を作り替える計画なのか。
古代の神話は、誰のために語られたのか。
神器は、何を証明するために必要だったのか。
系図は、血の記録なのか、それとも権力の設計図なのか。
そして、AIが過去の欠落を補うとき、人はそれを「復元」と呼ぶのか、「捏造」と呼ぶのか。
竹内宿禰の語りは、神話、軍記、王朝政治、武家政権、近世の革命、そして現代情報社会をつなぎながら、ひとつの問いへ向かっていく。
正統とは、初めからそこにあるものなのか。
それとも、信じる者、書き残す者、語り継ぐ者によって、後から作られていくものなのか。
これは、史実そのものを描く物語ではない。実在の人物、事件、制度、伝承を素材としながら、架空の神器「黒鏡」と、架空の研究計画「架空皇位計画」を軸に組み立てた、歴史幻想譚である。
黒鏡に映るのは、勝者の歴史だけではない。沈められた声、削られた系図、焼かれた文書、封じられた儀礼、そしてそれでもなお、誰かが読み、問い、記録しようとした痕跡である。
竹内宿禰は語る。
歴史とは、過ぎ去ったものではない。
それは、いまもなお、誰かの手で書き換えられようとしている。