あらすじ
愛する者を、すべて失った。
二人の夫を失い、我が子を全員失い、そして己をこの世に繋ぎ止めてくれた父さえも失った女は、雨に濡れた墓前で泥を掻きむしり、ただ一人、生き残った。
その名は、大田垣蓮月。
江戸後期から明治を生きた歌人にして陶芸家。
悲しみの底で握りしめた土。
そこから生まれた、小さな器。
そこに鉄筆で刻み込まれた、静かな和歌――。
蓮月は、土を捏ね、歌を詠み、やがて群がる男たちの執着を断つため自らの美貌さえも捨てて、世間の縛りから自由になっていく。
やがて幕末。
池田屋、禁門の変、鳥羽・伏見――。
血煙と砲声が京を覆い、国を二つに分ける刃が振るわれる中、蓮月はどちらの味方にもならなかった。
ただ、目の前で失われていく命を哀れみ、飢える人に米を施し、人々のために私財を投じて橋を架け、そして一葉の短冊を世に送り出す。
「あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の人と思へば」
何ひとつ私心を持たぬ老尼の歌は、やがて天下を揺るがす薩摩軍総大将・西郷隆盛の胸をも穿つこととなる――。
敵も味方もない。勝者も敗者もない。
そこにあるのは、同じ国に生きる人間の命だけ。
泥の中から立ち上がった一人の女は、いかにして、すべてを包み込む「無私」の境地へと辿り着いたのか。
これは、激動の京を生きた一人の女性の、喪失と再生の物語。
そして――
すべてを失った女が、最後に仰いだ「くもらぬ月」の物語である。