あらすじ

三年間、月に一度。わたしは婚約者の公爵閣下と、四半刻だけ向かい合ってきました。 話は続きません。贈り物はありません。お手紙は三行です。 だからわたしは、そのすべてを手帳に書き留めてきました。日付、場所、時間、話題、所見。婚約破棄の理由書に添えるための、〈面会記録〉三十四項。 ――愛されていない、という証拠です。 北の雪を越えて、破棄状を届けに参りました。扉が開きます。 同じ顔が、二つ、こちらを見ていました。 「ミリアム。よく来てくれた」 「ミリアム。……よく、来てくれた」 同じ声。同じ背丈。左肩に同じ矢の古傷。王立鑑定院の鑑定官は、水盤を三度覗いてから、こう申しました。 「二人とも、ヴァルベルクの当主にございます」 ――日が昇れば、公爵閣下はお一人です。日が落ちれば、お二人になります。 しかも昼の閣下は、夜のことを何ひとつ覚えておいでではありません。 十日のうちに本人を指さねば、家の魔術がお二人とも消してしまう。そして指せるのは、婚約の証書に連署した、わたしひとりでした。 破棄状は出せません。出せば資格を失い、二人とも消えます。 こうしてわたしは、別れに来た男を、毎晩ひとつずつ調べることになりました。 筆跡。古傷。従者の証言。同じ問いへの答え。手紙の折り方。 ――そして、そのどれもが、翌日には決め手を失います。 当たり前でした。三年間、月に一度の面会は――すべて、昼だったのですから。 けれど調べるほど、三年ぶんの〈面会記録〉が違う顔を見せはじめました。 話が続かなかったのではない。この人は、返事を考えすぎて黙っていた。 悲しいときだけ、右手で左の袖を握る。 わたしがそれを口にするたび、片方の閣下は、ひどく怯えた目でこうおっしゃるのです。 「……なぜ、あなたは。私のことを、そこまで知っている」 もう片方は、三年間ひとことも聞けなかった言葉を、まっすぐに口にします。 「あなたに会う日は、前の晩、眠れなかった」 甘い言葉を言うほうが、本物とは限りません。 これは、偽物を当てて終わる話ではありません。 ――本物のほうが、恋を、どこかに置いてきてしまった話です。

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小説を読もう2026/07/30
  • 現在の作品婚約者の公爵様は、夜になると二人いる ~見分けようとするほど「なぜ知っている?」と問い詰められます~