あらすじ

営業事務として働く水沢りょうこは、几帳面で仕事も早い。だが、同僚の善意で資料棚の並びを変えられただけで、胸が締めつけられ、元に戻したい衝動を抑えられなくなる。誰にも理解されない自分を「面倒くさい人間」だと思い込み、苦しんでいた。  雨宿りのため偶然立ち寄った美容サロン「リグロウ」で出会ったのは、元幼稚園教諭の香取碧音。美容だけでなく、一人ひとりの心に合わせた「香り」を調合する不思議な施術者だった。  碧音のアロマに包まれたりょうこは、幼い頃の夢を見る。そこには、大切に並べた積み木を友達に崩され、「そんなこと」「また作ればいい」と言われ、自分の気持ちを誰にも伝えられなかった四歳の自分がいた。  夢の中で、碧音によく似た先生は言う。 「怒っていたんじゃない。安心できる形が、急になくなってしまったんです」  その言葉によって、りょうこは初めて、自分が悪かったのではなく、「戻してほしい」と言えなかっただけだったと知る。  翌日、彼女は初めて自分の気持ちを言葉にし、同僚と一緒に資料棚を元へ戻していく。  一方、店を閉めた碧音は、誰にも見せないラベルのない小瓶を取り出す。子どもが描いたような星の跡が残るその瓶の香りは、どれだけ嗅いでも彼女を眠らせることはない。 「……まだ、戻れない」  リグロウは、生きづらさを抱えた大人たちが、忘れていた幼い自分と出会い直す場所。そして碧音自身もまた、誰にも語れない過去へと続く扉の前に立ち続けている。

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カクヨム
カクヨム2026/07/29
  • 現在の作品リグロウ ―あの頃、言えなかったあなたへ―