あらすじ

婚約した日の朝から、毎朝一輪の花が届きます。 伯爵令嬢ユーディットは、その一輪を押し花にして、日付と、丈と、棘のあるなしと、届いた時刻を一行ずつ書き留めてきました。七百二十輪。二年ぶんの帳面です。 婚約二周年の午後、婚約者クラウス様が薔薇の花束を抱えて訪ねてこられました。 「今朝は特別に、私が選んだ」 その晩、わたくしの手は腫れて、指が曲がりませんでした。わたくしは薔薇に触れられません。厨房の女中も、厩番も、この家の者なら誰でも知っています。 ――では、七百二十輪のあいだ、一輪も薔薇を混ぜなかったのは、どなたですか。 「毎朝の花を選んでいたのは、どなたでしたの?」 夜明け前の通用口に立ってみて、わたくしは知りました。二年間、毎朝そこへ花を置いていったのは、北の温室の若い主人でした。 その人は、わたくしの顔を一度も見たことがありません。 そのかわりに、どの窓に先に灯りがつくか、どの器が窓辺にあるか、厩がいつ動くかを、二年、坂の下から見ていました。だから丈が合うのです。だから棘が落としてあるのです。 「置く場所を、うかがってもよろしいですか」 二十年、誰にもそう訊かれたことがありませんでした。 わたくしは「気づきすぎる子」と言われて育ちました。見たことを口に出すたび、うるさいと言われて、そのうちに訊くこともしなくなりました。 その観察に、毎朝、返事が来ていたのです。 これは、誰も返事をしなかった娘と、理由を訊かれるまで黙っている職人の、七百二十輪ぶんの遠回りの話。 制裁も暴露もありません。婚約者は悪い人ではなく、ただの一度も訊かなかっただけです。

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小説を読もう2026/07/29
  • 現在の作品婚約者から毎朝届く花を選んでいたのは、どなたでしたの? ~二年と七百二十輪、わたくしの手が腫れる花だけが、一輪も混じっていませんでした~