あらすじ
感情が『霧』となって立ちのぼり、その色や匂いが人の価値を決める王都ルナリス。
霧を食べて生きる怪物の少女フィルは、食糧を探して踏み込んだ旧神殿で、霧を一切持たない少年ユウと出会う。祝福の儀式でも何も示せず、神殿から『無色』として捨てられた彼は、喜びも怒りも分からない空っぽの器だった。
フィルはユウを「非常食」と呼び、感情を教えながら時間をかけて育てると決める。時計塔での奇妙な共同生活のなかで、ユウは少しずつ他者を気にかけ、傷つき、選ぶことを覚えていく。だが彼の善意はしばしば致命的にずれ、フィルを喜ばせようとした行動が他人を追い詰めてしまう。怒りと悲しみのなかでフィルが告げた「感情は搾り取るものじゃない」という言葉は、ユウの胸に初めて小さな痛みを残した。
その変化を見ていたのは、銀色の鴉の姿をした男ルーカスだった。
彼は「器は満たされるためにある」と囁き、他人から抽出した完成済みの感情をユウに差し出す。一方、神殿は『無色』の揺らぎを秩序を脅かす兆しと見なし、ユウだけでなく、彼を匿う怪物フィルにも目をつけ始める。
やがて神殿は、王都の秩序を乱す存在としてフィルを拘束する。
ユウは彼女を救うため、神殿の矯正にも、ルーカスの偽りの救済にも近づいていく。空っぽだった少年が初めて自分の意思で選び取った感情は、皮肉にもフィルにとって最も甘美な“食べ頃”へと近づいていく。
救うことは、奪うことなのか。
食べないことは、愛なのか。
感情を管理する世界で、怪物と無色の少年は、自分の心を誰のものとして生きるのかを選ばなければならない。