あらすじ

学生寮のある月代女学院に転入した青井さなは、二年生の瀬尾千里と二〇七号室で暮らし始める。寮には、消灯後に廊下から名前を呼ばれても、決して返事をしてはならないという決まりがあった。返事をした者は、声や好み、口癖、記憶など、その人らしさを少しずつ失っていくという。  さなも夜の廊下で名を呼ばれるが、千里の声に導かれ、返事をせずに済む。千里は、変わってしまった寮生たちの以前の姿をノートに記録していた。前年、千里自身も怪異に呼ばれ、同室者の藤崎玲奈に救われていた。しかしその代償として、玲奈は千里との思い出だけを少しずつ失い、「千里」と呼ばなくなっていた。  千里を失いたくないさなも、千里の癖や声を記録し始める。二人は互いの名前を呼ぶことに慎重になりながらも、次第に親密になっていく。  ある夜、怪異は千里を幼いころの呼び名「ちーちゃん」で呼ぶ。返事をしそうになった千里を止めきれないと思ったさなは、千里の代わりに「はい」と答える。その直後から、さなの声は千里に似始める。千里は救われた安堵と、さなを傷つけた罪悪感に苦しむ。だが二人は、変わった声でも話すことをやめず、声を使わずに紙や手の合図で返事をする時間を作る。  二一四号室の過去を調べた二人は、かつて同室だった佐伯灯子と水沢乃々の記録にたどり着く。灯子にとって返事は相手が「いる」証しだったが、乃々にとっては、自分を灯子へ渡す行為だった。灯子は呼びすぎ、乃々は黙りすぎた。そのすれ違いが、返されなかった声や失われた返事を部屋に残していた。  停電の夜、二一四号室が開く。怪異は千里の声でさなを、さなの失われた声で千里を呼ぶ。二人は手をつないで部屋へ入り、灯子と乃々に向き合う。乃々は灯子を呼びながら、「返事をしないで」と告げる。返事がなくても相手はいる。そう知った灯子が黙ってうなずくと、部屋に集められていた声はほどけていく。  さなの声は完全には元へ戻らず、千里の響きを少し残した。しかし千里は、それを「ここにいるさなの声」だと認める。怪異が消えたあとも、二人は呼ぶ前に相手を見て、返事を急かさない。冬休み前の夜、千里が暗闇からさなを呼ぶ。さなが答えると、千里は「呼んだだけ」と言う。さなも千里を呼び返す。一度だけ呼び、一度だけ答える。それだけで、その夜は足りていた。

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カクヨム
カクヨム2026/07/27
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