あらすじ
伯爵令嬢リーゼロッテには、死者の強い思いが残された遺品へ素手で触れると、その最期の声が聞こえる力があった。
けれど、聞こえるのは短い言葉や記憶の断片だけ。
死者と会話することはできず、その言葉が真実とも限らない。
それでもリーゼロッテは、もう自分の言葉で訴えることのできない者の声を、聞こえなかったことにはできなかった。
そんな彼女は王都の祝宴で、十一年間婚約していた公爵令息セドリックから婚約解消を告げられる。
「死者と話す女を、公爵家の妻にはできない」
人々の前で自らの力を気味悪がられても、リーゼロッテは泣かなかった。
しかし、会場から立ち去ろうとしたその時、壁に飾られていた巨大な竜骨細工が給仕の少女へ向かって落下する。
少女を助けるため、とっさに素手で竜骨を受け止めたリーゼロッテの中へ、凍えるような寒さと、一頭の竜の声が流れ込んだ。
――寒い。
――帰りたい。
――私の子を返して。
竜を神聖な存在として崇めるアルディア王国。
だが、その繁栄を支えていたのは、死んだ竜の骨から作られる「竜骨魔石」だった。
竜骨に残された声を不審に思うリーゼロッテの前へ、相棒の黒竜を失った無口な辺境伯アルフォンスが現れる。
「その声は、何と言っている」
彼だけは、彼女の力を恐れなかった。
アルフォンスの依頼を受け、リーゼロッテは数え切れない竜骨が眠る辺境へ向かう。
そこで待っていたのは、死んだ黒竜の遺言、人間を憎む幼竜、枯れていく土地、家族を失った人々、そして王都が隠してきた竜と人間の歴史だった。
死者の言葉に傷ついた者。
謝罪しても、もう戻れない者。
許すことのできない痛みを抱えた者。
正しいと信じて、誰かを犠牲にした者。
リーゼロッテは、死者の声だけでなく、生き残った人々の声にも向き合っていく。
これは、死者を弔うためなら自分を犠牲にしてもよいと思っていた令嬢が、傷を抱えた人々と出会い、自分自身も生きて幸せになってよいのだと知る物語。
そして、死んだ竜と生きている人間が、もう一度同じ未来を選ぶまでの物語。