あらすじ

「解絆申請、第八百七十一号。本日ただいまをもって、受理いたします」 誰もいない窓口に、判の音がひとつ落ちた。 申請者、アニエス・アーレンス。……わたくしでございます。 この国では十八の年に「ツガイの託宣」が降りることがある。十人にひとり。託宣を受けた二人は「運命のツガイ」と呼ばれ、絆で結ばれ、生涯ほどけない――ことになっている。 アニエス、二十一歳。神が結んだものを人の手で解く日陰の役所、王立解絆局の第三窓口づき。王都の人はこう呼ぶ。絆切り係、と。 三年で八百七十件。泣く人も、笑う人も、切れてなお相手の名を呼ぶ人も、ぜんぶ見てきた。 夫は伯爵家の嫡男ラウレンツ。物静かで、非の打ちどころがなく、わたくしを一度も傷つけたことがない人。朝食の卵は三年ずっと半熟で、雨の日には馬車が回る。不足は、ひとつもない。 ――ただの一度も、「あなたを選びました」と言われたことがない。 ツガイ簿に二人の名が並んでいるかぎり、あの人には妻を拒む道がない。拒めば家が傾く。拒めない人の「必要です」を、どうやって本心と区別すればいいのだろう。 ですから、降ります。二人ぶん、役割を。切って、なお来てくださるなら、それは運命でも義理でもなく、あなたです。 ――なお、翌朝の食卓で通知を読み終えた夫が、理由も聞かずに言った台詞は、こうでございました。 「承知しました。……手続きは、どちらの窓口へ」 第三窓口でございます。自分の職場の名を、自分の口で申し上げました。 悪人はひとりも出てきません。断罪も、ざまぁもありません。 あるのは九十日の手続きと、離縁するための書式が毎回二人を向かい合わせるという、少しばかり意地の悪い皮肉だけ。 他人の絆の温度は視えるのに、自分の糸だけは視えない女の――返却と、結び直しの物語。

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小説を読もう2026/07/27
  • 現在の作品「運命のツガイ」の解消手続きは、こちらの窓口へ ~絆切り係のわたくし、本日、自分の申請書を受理しました~