あらすじ
熊本城下町署の刑事、ベテランの江口と新人の本田は、冷え切った取調室ではなく、
署の片隅にある色褪せたホワイトボードの前に立っていた。
本田が手元の捜査メモをなぞりながら、黒いマーカーを走らせる。
・身元: 一切不明
(名前、年齢、学歴、職歴、家族構成、すべて白紙)
・公的データ: 抹消
(健康保険証、運転免許証、マイナンバー、不動産登記簿、すべて存在しない)
・唯一の痕跡: 住民票の「転居履歴」のデータのみ
・死因:癌
(WCTC熊本工場の情報セキュリティ対策室から指定された部屋に、男が倒れていると救急へ連絡あり)
※WCTC/World Core Technology Cyber の略
病院に運ばれた時には、すでに心肺停止状態であり、搬送先の医師によって死亡が確認された。
「……まるで、この世に最初からいなかったみたいです」
本田がマーカーのキャップを閉めながら、重いため息をついた。