あらすじ
ここは、願いより先に願いが叶う国——「成れの果ての国」。何も望まなくてよくなった転生者たちは、やがて自分が何を望んでいたのかを忘れ、自分が誰だったのかも忘れて、生きながらこの世界に沈んでいく。
俺は「真の救い手」セイバー。沈みかけた転生者のいちばん奥に残った記憶を探り当て、現実へ帰す仕事をしている。これまでに帰したのは、九千九百九十九人。数は一の位まで覚えている。顔は——覚えていない。あと一人で一万人。そのとき俺は「救いの王」と呼ばれるはずだった。
一万人目に選んだのは、街道で出会った金髪の少年だった。白い上着に紺の半ズボン。右手をポケットに入れ、右足をわずかに引きずって歩く、近所の子どものような姿。だが、少年にはどんな技も効かなかった。記憶を探っても、何も届かない。とっておきの物語を編んで差し出しても、「それ、僕のじゃないよね」と静かに返される。そして少年は、俺がいちばん見たくなかったものを、たった一言で言い当てた。
俺は、救うことをやめた。すると世界は、手のひらを返すように俺を締め出した。いつもの宿で、いつもの店で、俺はもう「何者」でもなかった。
少年と、懐かない三毛猫との、あてのない放浪が始まる。無人島の自給自足。誰も来ない博物館。見つけて、名前をつけて、並べて、笑う。誰の役にも立たない毎日が、なぜこんなに満ちているのか。
やがて俺の中に、生まれて初めての「自分のための願い」が芽生える。——会いたい。その願いがふくらむほど、なぜか少年の体は、少しずつ透けていく。
俺はまだ知らない。九千九百九十九人に告げてきた、あの言葉の本当の意味を。
「あなたは、死んでいない。ただ、深く深く眠っているだけ」
目が覚めたとき、もうひとつの物語が始まる。