あらすじ
「そこの、寂しそうな足音のあなた! ちょっと一曲、聞いていかない?」
医者になる。生まれたときから、そう決まっていた。
風見真白、十七歳。医療一族の跡取り娘として、敷かれたレールを一度も外れずに歩いてきた。
成績優秀、品行方正。ただ、いつも息が浅い。その理由を、考えないようにして生きてきた。
塾帰りの夜。寂れた商店街で、私はギターを抱えた少女に呼び止められる。
音羽奏。同い年。生まれつき、目が見えない。
彼女は私の足音だけで心の内を言い当て、こともなげにこう言った。
「私の目に、なってよ」
そうして始まった、風変わりな夏。けれど、案内するはずの私のほうが、いつも彼女に手を引かれていた。
自動販売機のうなり。パンの焼ける匂い。味噌汁の湯気が立てる、やさしい音。
見えないはずの彼女は、私がとっくに見ることをやめてしまった世界を、毎日まるごと抱きしめている。
――見えていないのは、どっちなんだろう。
灰色だった毎日が、少しずつ色を取り戻していく。捨てたはずの、鍵盤の感触まで。
友達、という言葉では、もう足りなかった。
けれど、夏には必ず終わりが来る。彼女には誰にも言えない過去があり、私には、どうしても逃れられない家があった。
これは、未来が見えなかった私が、彼女にたったひとつの誓いを立てるまでの、ひと夏の物語。
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※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・施設等とは一切関係ありません。