あらすじ
華やかなモダン文化が花開き、人々が未来へ夢を抱いた大正時代。その輝きの陰には、名もなく消えてゆく者たちの人生があった。
親を失い、路地裏で今日を生き延びるだけの日々を送っていた七歳の少女・琥珀は、ある出来事をきっかけに帝国陸軍中将・剣崎将臣に引き取られる。
「旦那様」と呼ぶ彼は厳格で無口な軍人だったが、読み書きから礼儀作法、歴史や文学に至るまで、生き抜くための教養を惜しみなく教えた。冷たいと思われたその手は、いつしか少女にとって世界で最も温かな居場所となっていく。
やがて将臣の一人息子・剣崎三郎も帰還し、少女との交流を重ねるようになる。父と同じ軍服を纏いながらも、どこか柔らかな心を秘めた青年は、妹でも家族でもない存在として成長していく彼女に戸惑いを覚える。
歳月は静かに流れ、幼い少女は一人の美しい女性へと成長していく。
守るべき家族だったはずの存在が、いつしか胸の奥で別の意味を持ち始める。
それは決して口にしてはならない想い。
父も、息子も、それぞれが同じ女性へ抱いてしまった、名を持たぬ感情だった。
軍人としての誇り、親子としての絆、育ての恩、そして時代が許さぬ恋。
大正から昭和へと激動の時代が移ろう中、それぞれが選ぶ未来とは──。
これは、戦火に翻弄されながらも、一人の少女を守り抜こうとした二人の軍人と、その愛に応えようと生きた女性の、切なくも美しい年代記。
登場人物
剣崎 将臣(けんざき まさおみ)
年齢:48歳
身長:186cm
職業:帝国陸軍中将
帝国軍に身を置く厳格で実直な軍人。
冷静沈着で感情を表に出すことは少なく、周囲からは「鉄の軍人」と呼ばれている。しかし本来は情に厚く、弱き者を見捨てることのできない人物。亡き友との約束、あるいは過去の罪への償いから、孤児であった千歳を引き取ることになる。
彼女に対して父親らしい愛情表現をすることは不器用だが、生きていくための知識や礼儀を教え、未来を選べる人間に育てようとする。「守る」ということを己の使命としてきた男が、初めて自分自身の心と向き合うことになる。
剣崎 亮三郎(けんざき りょうざぶろう)
年齢:24歳
身長:183cm
職業:帝国陸軍少佐
将臣の一人息子。
父と同じ軍人の道を選び、若くして将来を期待される青年。父とは異なり、柔らかな物腰と人当たりの良さを持ち合わせているが、その内側には軍人としての強い責任感を秘めている。幼い頃から父を尊敬し、その背中を追い続けてきた。しかし、屋敷に迎え入れられた琥珀と過ごす時間の中で、彼女を単なる家族の一員として見ることができなくなっていく。
妹のように守るべき存在。 それだけだったはずの感情が、いつしか別の名前を求め始める。父と同じものを背負いながら、父とは違う道を選ばなければならない青年。
菊田 千鶴(きくた ちづる)
年齢:55歳
剣崎家女中頭
剣崎家に長く仕える女性。幼い頃から千歳の世話を任され、母親代わりのような存在となる。厳しい躾をする一方で、少女の孤独や寂しさを誰よりも理解している。将臣と亮三郎、そして千歳の関係の変化にも早くから気付き、静かに見守る。
榊原 宗一郎(さかきばら そういちろう)
年齢:50歳
職業:帝国陸軍大将
将臣の旧友であり、軍人としての同僚。合理主義者であり、時には冷酷な判断も下す人物だが、将臣の本質を理解している数少ない存在。
将臣が琥珀を引き取った理由を知る人物でもある。