あらすじ
リディアは、何も書き留めない。
三十七家の縁戚と確執を、頭だけで持っている。
誰と誰を同じ卓に着けてはいけないか。
どの家に何年、何を贈ったか。
紙に残らないので、誰も仕事とは呼ばない。
伯爵夫人として十年、そう扱われてきた。
夫は人前で、妻の実家の名を言い違える。
訂正するのは、いつも彼女の側だった。
ある日、夫が客をひとり増やすと言う。
妹の友人だという、若い娘。
どこに座らせるかは、任せると言われた。
その夜、十二枚の名札を書いた。
最後の一枚には、家名だけを書いた。
娘の名前は、尋ねなかった。
やがて噂が屋敷に届く。
夫はそれを否定しない。
君は気にしないだろう、とだけ言った。
リディアは翌年の贈答の予定を書き終える。
書き終えて、手を止めた。
覚えるのを、やめたのである。
手順なら、紙に書いて渡せる。
なぜそうするのかは、どこにも書けない。
覚えられなかった側が、覚えるのをやめる。
そのあとに何が残るのかを、まだ誰も知らない。