あらすじ
「嫌なことは、全部もう一人の自分(AI)に処理させ、ストレスなく生きる」
それが、この社会の“正解”だ。
うなじに撃ち込む「人格乖離チップ(オルター・チップ)」は、自分にストレスを与える人間や環境を分析し、自らは一切手を汚さず“合法的”に社会から排除してくれる。パワハラ、DV、膨れ上がる借金……苦痛の元凶と直接向き合ってもがく人間は、「スマートに生きられない負け組」として世間から冷笑されるのが、現代日本だ。
極貧の大学生・善道(よしみち)もまた、悪徳バイト先の非道な搾取に絶望し、這いつくばるだけの現実から抜け出すため、衝動的に「海賊版チップ」をうなじに撃ち込んでしまう。
だが、善道のように「自分の痛みから逃げ続け、無意識に抑圧しきった人間」がチップを使うことは、致命的な罠だった。
善道の奥底にある感情の抑圧率が臨界点を超えたと感知したAIは、苦痛の元凶を物理的・永久的に排除すべく「排除モード」へと強制移行。自分の肉体が壊れていく激痛を感じながらも、本人の意識は“助手席”に縛り付けられ、勝手に殺戮を始めようとする肉体をただ見つめることしかできない。
暴走者は社会のバグとして、公安部隊に「即時射殺」される。
肉体崩壊か、射殺か。絶体絶命の暗闇の中、窓を破って現れたのは、刃のない太刀を提げた時代錯誤なサムライだった。
「君が呼んだんだ、私を。己の弱さを断ち切るために」
自らを『斎(とき)』と名乗るその男は、刀身を向けることなく、華麗な身のこなしで握りしめたゲンコツ──いや、柄を振り下ろす。
「恥を恐れるな、少年。たとえ百回恥をかいても、自分と戦う奴のほうが100倍立派だ。──ひゃっぱじ、上等です」
傷つくことを拒絶し、傷つくものを冷笑する社会の片隅で、生き恥をさらして「心」を取り戻していく。
不器用な者たちの痛快SF人情劇、ここに開幕。