あらすじ
労働は悪だ。
とくに夜勤明けに浴びる朝日は人間の尊厳を焼き切るために開発された兵器だと思っている。
俺の名前は籐谷守。二十二歳。特別養護老人ホームの夜勤専従。今日も十六時間を生き延びて家に帰る途中だ。頭の中には布団のことしかない。
その十六時間で七人を起こした。四人を寝かしつけた。二人の転倒を防いで、一人の入れ歯を探した。入れ歯は冷蔵庫にあった。なぜそこにあったのかは今も分からない。
だから道端でうずくまっているパーカーの人影を見たときも、当然のように通り過ぎるつもりだった。関わっていいことなど何もない。これは現代社会を生き抜くための正当な自己防衛である。
なのに足が止まった。
だめだ。あのうずくまり方はだめだ。呼吸が浅くて速い。肩が小刻みに揺れている。放っておけば十分後には過呼吸を起こす。そうなったら救急車を呼ぶことになって、そうなったら俺は事情説明で一時間は拘束される。
つまりこれは善意ではない。俺の睡眠時間を守るための、極めて利己的で合理的な判断だ。
俺はため息まじりに、買ったばかりの缶コーヒーを地面に置いた。糖分だけが今日の俺をかろうじて人間の形に保っている。それでも背に腹は代えられない。
「あー……大丈夫ですか。息、ゆっくり吐いて」
その手が背中に触れる寸前で足元が光った。