あらすじ
1920年、敗戦国ドイツ。ボンのはずれの裏庭に、砂糖の袋ひとつと大理石の板ひとつで始まった菓子屋があった。
主人はハンス・リーゲル、二十七歳。妻とふたりきりの会社である。
この男には、ひとつ変わった思い込みがあった。「近ごろの子どもは、噛んでいない」。
噛んで、噛んで、それでもまだ噛める菓子を作る——そう言い出した夫に、妻は薬缶を磨きながら答えた。「それは、菓子と言うのかしら」。
二年後、彼は後ろ脚で立つ熊を作った。名を、踊る熊という。
だが彼は、その熊が世界へ出ていくところを見ていない。二度目の敗戦の年に、五十二歳で死んだからである。
硬さに一生を賭けた父。それを柔らかく作り変え、世界を取った息子たち。
そして百年後、極東の島国で、この熊は「いちばん好きなお菓子」に選ばれる。
誰も彼の名を知らないまま、毎日一億個が作られている。