あらすじ
朝の潮風と、醤油を煮る甘く焦げた匂い。千葉県銚子市。
五十歳の「私」は、静かな一軒家で一人、余生を食いつぶすように暮らしていた。
二年前に病で先立たれた妻・明美。
登場人物紹介
椿 康次郎(つばき こうじろう)
年齢: 50歳(平成8年時点)
人物: 本作の主人公・語り手。三十歳からまともに働かず、酒と借金で家族を苦しめた自他ともに認める「ダメ男」。二年前の妻の死後、過去の後悔と罪悪感に苛まれながら自堕落な一人暮らしを続けている。
椿 明美(つばき あけみ)
年齢: 享年48歳
人物: 康次郎の亡き妻。働かない夫に代わって一人で実家の和服屋を守り抜き、家計と娘を支え続けた。二年前に病気で他界。
窪木 夏菜子(くぼき かなこ)
年齢: 26歳(平成8年時点)
人物: 康次郎の娘(旧姓:椿)。二十三歳で結婚して窪木家へ嫁ぎ、現在は商店街で旦那と喫茶店を切り盛りしている。一人暮らしの父を気遣う優しさを見せる一方、「全部許したわけじゃない」と過去の傷を忘れていない静かな強さを持つ。
窪木 俊夫(くぼき としお)
年齢: 28歳前後(平成8年時点)
人物: 夏菜子の夫(康次郎の娘婿)。商店街の小さな喫茶店でマスターを務める。真面目で誠実な人柄で、カウンターで黙々と珈琲を淹れる。
窪木 陽太(くぼき ようた)
年齢: 3歳(平成8年時点)
人物: 夏菜子と俊夫の息子(康次郎の孫)。無邪気で元気が良く、お絵描きが好き。
大野(おおの)
年齢: 50歳(平成8年時点)
人物: 康次郎の中学時代からの数少ない友人。真面目で面倒見が良く、人の悪口を言わない性格。東京に出ていたが、最近故郷の銚子へ戻ってきた。第5章で康次郎に電話をかけてくる。
かつて酒と借金と女に溺れ、妻が一人で守り抜いてきた和服屋すら畳ませてしまった私は、その売却益と妻の遺産で冷えた茶を飲み、夜になれば焼酎で喉を焼く日々を送っている。
実家を離れ、旦那と小さな喫茶店を営む娘の夏菜子からは「全部許したわけじゃない」と静かに告げられ、罪悪感と孤独の中で立ち止まったままの男。
そんな折、何年も音沙汰のなかった中学時代の友人・大野から、一本の電話が入る――。
昭和の罪と悔恨を抱えた男が、平成から令和へと移ろう時代の風の中で泥くさく生き抜く、三十年間の物語。