あらすじ
『婚約破棄された静かなる悪役令嬢』スピンオフ――あの夜会を、警備の柱の陰から見ていた男の話。(本作単体でもお読みいただけます)
――王太子に婚約破棄された、あの公爵令嬢。涙も、抗弁もなかった。完璧な一礼だけを残して去る、あの引き際。……あれは、負けた女の背中ではない。
私はルッジェーロ・デッラ・スカラ。王国でただひとり「賄賂の通じない男」と呼ばれる監察騎士団長である。突き返した賄賂の品は、通算三百十二件。宿敵は、証拠が溶けて消える北の公爵家。そして悩みの種が、南の公爵家――容疑は真っ黒、なのに被害者がひとりもいない、あの極道のご令嬢だ。
数日後、騎士団に差出人のない小包が届く。中身は、宿敵の金脈を丸裸にする裏帳簿。送り主の見当は、ついている。
礼を告げた店先で、私は焼きたての菓子を押しつけられた。賄賂は受け取らない主義だ。ゆえに、定価を払った。すると彼女は笑って、私を「名前」で呼んだのだ。
――宣戦布告と、受け取った。いいだろう、受けて立つ。いつか必ず罪状を揃えて、あなたを捕まえる。
……その宣言を、まるで別の意味で果たす羽目になるとは。この時の私は、まだ知らない。