あらすじ
かつて、一億人がその一家を愛していた。
大部屋役者から成り上がり、笑いも涙も思いのままにした栄(さかえ)家。茶の間のまん中には、いつも彼らがいた。
娘の徳子だけが、その輪の外にいた。撮影所の隅から、光の当たる場所をただ見て、覚えているだけの子どもだった。
やがて、一家は焼かれはじめる。
けれど、世間の言うことは、ほとんど正しかった。父はたしかに人を切ってきた。掘り起こされた過去も、本物だった。だから誰も、何ひとつ言い返せなかった。
誰も手を下していない。それなのに、一人ずつ消えていく。仕事が、居場所が、名前が。
徳子は、幼い娘だけは守ろうとする。国じゅうが「あの子を守れ」と叫ぶ、その声から。
これは、滅びていく一族を、たった一人が最後まで見届けた記録である。
ただし、書いているのは、その一家を愛しすぎた女だ。どこまでが本当で、どこからが願いなのか、書いた本人にも分からない。
――盛りは、必ず過ぎる。けれど、過ぎ去ったものを、たった一人が心にとどめるかぎり、それは「無」にはならない。