あらすじ

涙の正体は、悲しみではなかった。 嫁いで十年。 リーゼロッテは夫に名前を呼ばれたことがない。 屋敷の帳簿、来客の席順、領民の嘆願。 すべてを一人で回し続けてきた。 誰にも頼まれず、感謝もされず。 契約書に書かれた義務は、月一度の報告書だけだった。 残りのすべては、好意だった。 ある日、夫が側室を迎える。 相談はない。 事後の通達だけが届いた。 夜、寝室でひとり、頬を涙が伝う。 けれど胸の底にあるのは安堵だった。 もう、この人のために尽くさなくていい。 翌朝から彼女は好意のすべてを止める。 屋敷を去るのではない。 いたまま、契約の義務だけを守る。 朝食の配膳が消え、席順表が消え、嘆願の返答が消える。 代わりを申し出た側室には、何ひとつできない。 夫は初めて、名前すら呼ばなかった妻の仕事を数え始める。 好意を止めた女は、まだそこにいる。 その沈黙が何を壊すのか、夫はまだ知らない。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
小説を読もう
小説を読もう2026/07/24
  • 現在の作品側室を迎えた夜に私が泣いたのは、悲しかったからではありません