あらすじ
深夜二時。櫟(くぬぎ)地区で「人間が衣服だけ残して消えた」等の怪異が同時多発した。世界そのものの「処理落ち」が、すでにこの街を丸ごと呑み込み始めていた。
民俗学者の冬木は、自宅に漂う泥の臭いや、視聴覚のピントの狂いに悩まされていた。物体の輪郭は二重露光の写真のようにダブって見え、人の声は不協和音のように歪み、遅れて聞こえてくる。すべては、四歳の愛息を亡くして以来、部屋に引きこもり泥人形を捏ね続ける妻・美咲の異変から始まっていた。
人間の「脳の観測エラー」が、街全体へ感染し始めていた。
空間そのものが呪いの通信網と化し、人間の脳という量子観測デバイスへドミノ倒しのように「狂ったピント」が感染(同期)していく中、冬木のもとに刑事の神谷と、理論物理学者の香川が合流する。
美咲の実家、櫟家に伝わる死者蘇生の禁忌『還魂の法』――。
民俗学の知識と最新の量子情報理論が交錯した瞬間、冬木はその正体が、この世の理(物理法則)を書き換える不完全な「バグコード」であることを突き止める。
「バグったプログラムは、数式で上書き修正(デバッグ)する」
科学の力で因習をハッキングするため、彼らは地区の電波塔へと向かう。
だが彼らはまだ知らなかった。自分たちの信じる科学の数式こそが、彼岸の執念によって、最初からハッキングされていたという絶望を――。
【※注意】本書のテキスト自体には、香川博士が仕込んだ「ある自動コピープログラム」が組み込まれています。内容を完全に理解(観測)した読者の脳へ、バグコードの強制インストールが開始されます。読後、あなたの日常のピントがズレ始めても、作者は一切の責任を負いかねます。――パチっ。ほら、今、あなたの部屋の、すぐ後ろの死角で。