あらすじ
「あの……大家さん、まだ来ないんですかね……」
夜の飲み屋。おれはカウンター席で一人、酒を飲んでいた。店内は仕事帰りの客で混み合い、赤ら顔の酔客たちの話し声や笑い声、店員の活気ある声、ジョッキや皿の触れ合う音が絶え間なく飛び交っていた。
焼き物の香ばしい匂いとアルコールの匂いが入り混じり、熱気を帯びた空気が店内にむんわりと満ちている。
その喧騒の中、ふいに背後から声が聞こえた。ちょうど店内のざわめきが一瞬だけ緩み、隙間を縫うように耳に滑り込んできたのだ。か細い声だったが、その奥には焦りとも不安ともつかない切実さが滲んでいた。
「まあまあ、落ち着きましょうや。まだ十二、三分過ぎただけですし」
「そうそう」
「でも、確かにそろそろお金返してもらわないと困るんだよなあ」
「ですよね……」
どうやら後ろのテーブル席には男が四人座っているようだ。
おそらく最初は周囲を気にして声を潜めていたのだろう。だが店内の騒がしさに互いの声が掻き消され、聞き返すうちにいつの間にか声量が大きくなっていった――そんな様子だった。
何やらトラブルらしい。少し気になり、おれはグラスを傾けつつ耳を澄ませた。