あらすじ
十六歳のルカは、地方新聞社の資料室で古新聞を整理する、ごく平凡な少年だった。
ある日、彼の家へ、宛名も差出人も書かれていない一通の手紙が届く。
送り主は、ルカのことを何も知らない少女。
相手の名前や立場を知れば、人はそれに合わせて言葉や態度を変えてしまう。
だから一度だけ、自分のことをまったく知らない誰かと、何者でもない者同士として話をしてみたい。
地図から無作為に住所を選んだという彼女の奇妙な申し出に、ルカは戸惑いながらも返事を書く。
自分の町で一番美しい、夕暮れの景色について。
それが、二人の文通の始まりだった。
古い新聞に囲まれて働き、自分をどこにでもいる凡庸な人間だと思っているルカ。
多くの責務を背負い、弱みを見せず、何事も一人で解決しようとする誇り高い令嬢。
名前も顔も知らない二人は、景色や仕事、日々の出来事について手紙を交わし、家族や周囲には話せないことまで、少しずつ書くようになっていく。
やがて、ルカが古新聞で読んだ事件について書き送ったことをきっかけに、令嬢は身近で起きかけていた事故を未然に防ぐ。
何気ない言葉が、遠く離れた誰かの選択を変える。
そして、小さな変化は、やがて二人の運命をも大きく動かしていく。
身分も暮らしも異なる、名前すら知らない二人。
一年間にわたって交わされる手紙の先で、二人を待つものとは。
手紙の末尾には、いつも同じ言葉が記されていた。
――名前を明かさない、見知らぬ者より。