あらすじ
20時50分。配達を終えて営業所に帰着したドライバーの佐藤に、一本の電話が入る。
発信者表示は「専担3」。
「悪いなあ、第7で交付忘れが出とってな。原簿は確認済みや。コンビに4個残っとるから、積んでひとっ走り頼めるか。——無理なら俺が行くから、ええよ」
声は、いつもの大塚課長だった。断れるはずがない。佐藤はコンビの4個を積み直し、入ったことのない言埜市第7エリア——旧市街へ向かう。
トラックのダッシュボードには、前任者の手書きメモが残っていた。
一、ナビが古道を拾っても従うな。現世の道だけ走れ。
二、置き配指定が「辻」「井戸」「鳥居下」の場合は覗くな。塩だけ撒け。
三、呼ばれても振り向くな。伝票の名前は読むな。
1件目の宛名は「角の家のおばあさん」。番地はない。見たことのない様式の伝票。備考欄には「カーブミラーの根元」。電話の向こうの課長は言う。「言埜市あるあるや。書いてあるとおりの場所に置いてきて」
慣れない道を、電話の声に導かれて、一件ずつ。
2件目の指定は「井戸の蓋の上」。蓋の隙間から、誰かの息のような風が漏れている。
3件目の伝票の宛名は——佐藤自身の名前だった。裏には手書きで、一言。
「おかえり」
これは後日、営業所の業務用回線から復元された通話録音の文字起こしである。端末記録・車両GPS軌跡・関係者の聴取メモを別紙として添付する。
なお、当日の夜間帯に、当該配送が組まれた記録は存在しない。