あらすじ
聞こえていた。——生まれたときから。
波の音で天気が分かった。
足の裏で道が分かった。
風の向きで、嵐が来ることも。
全部聞こえた。——全部、黙っていた。
末の子だった。四人兄弟の四番目。
兄は声がでかい。次兄は弓がうまい。三番目は何でも面白がる。
俺は——聞こえるだけだ。聞こえたところで何も変わらない。
だから黙っていた。四十五年。
祖父が死んだ。花びらと、歪んだ針と、潮の珠を残して。
妻が死んだ。息子を残して。
四十五歳の秋、浜に老人が現れた。
祖父を海に送った、あの老人が。
「東に美しい国がある。——行くか」
兄が船を出した。俺は船の後ろで波を聞いた。